【相撲の神様】不本見神社のヤーホ様に会いに行ったのに会えなかったはなし

大阪府千早赤阪村の不本見神社 (ふもとみじんじゃ) 周辺には不思議な話が伝わる。

むかし、子供たちが不本見山で相撲をとっていたところ、樹々のうえのほうから「ヤーホ、ヤーホ」と声がした。見上げるが誰もいない。ただ風が吹くばかり。そしてどこからか笑い声が聞こえてきた。

子供たちは怖くなって逃げかえり、大人たちをつれて山に戻ってきた。

みなで手分けしてあたりを探しまわるが、誰もいない。

ふと見ると、子供たちが脱ぎ捨てておいた衣服が、きれいに畳まれていたという。

ああ、これはきっと相撲好きの神様が、子供たちの取り組みを楽しみに見に来られたのだということになり、以来、不本見神社では子供たちによる奉納相撲が行われるようになった。

いまも秋祭りには「ヤーホ相撲」がにぎやかにひらかれている。

このはなしを知ってからというもの、わたしはこの神様を相撲の神様「ヤーホ様」と呼び、ひそかに親しみを寄せている。

ヤーホ様に会いたい。

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~目次~

不本見神社について

間近に千早川の流れる、不本見山の美しさは格別だ。

お椀を伏せたような、いかにも甘南備然としたその低い山容は、一夜にしてあらわれたとの言い伝えがある。
その山頂に坐す不本見神社役行者による創建とされている。

ながらく修験道蔵王権現を御本尊としていたが、維新期の廃仏棄釈の流れのなか、天御柱命国御柱命の風神二柱を勧請し、それをもって現在まで御祭神としている。

ちなみに隣町の太子町の式内社、科長神社も風神を御祭神としている。

この一帯にはかつて、風に親しみを感じる、風俗、心情のようなものがあったのだろうか。

 

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不本見神社へのルート

① わたしの進んだルート

 

千早赤阪村楠木正成公ゆかりの、としばしば称される。

村内のいたるところで楠公に関する史跡を目にすることになる。
府道705号線 (正式には、大阪府道・奈良県道705号富田林五條線) をクルマではしっていると、赤阪城 (下赤阪城) を案内する看板が見えた。

そのまま、さらに南東に進んでいくと、ナビゲーションが坂本橋を渡るようにと告げてきた。

渡ってすぐに左折する。

すると行き止まりになった。

「目的地に到着しました」

画面を見ると、ここからは徒歩だという。

この距離感ならほんの数分だろう。

でも、道はどこにあるというのか。

画面の示す方向に歩いてみる。

しかしこれ、農地だよ。

いかにも私有地だ。

ちょっとマズい感じになってきた。

日の暮れかけた夕刻、白髪の初老の男がスマートフォンを握りしめ、他人の土地に不法侵入したばかりか、あたりをきょろきょろしながら歩いている。

不審者以外の、いったいなにに見えるだろう。

さて、どうしたものかと思っていると、すぐ前の民家の庭に、わたしと同年配の女性がでてきているのが見えた。彼女はきれいに植えられた花々に手をやり、顔もまっすぐにそちらを見ている。が、明らかにこちらを警戒しているようすが、びんびん伝わってくる。

機先を制しよう。

「こんにちは。不本見神社に行きたいんですけど、どう行けばいいんでしょうか」

「ああ、ちょっと、道ややこしいですで」

お互い、相手のでかたをうかがっていた。

気まずい沈黙がながれる。

5秒…10秒…。

わたしは口をひらいた。

「あそこにはまえから一度、どうしても行ってみたかったんですよね。…ほら、ヤーホ相撲とか」

すると彼女はとつぜん饒舌になった。

それなら、そこの石段をのぼって行きはったらよろしいねん。のぼりきったら道があるから、そこを右に行く。そしたらまた道があるから、今度は左に行く。そしたら正面に見えてきますわ…。足元が悪いから気をつけろ、枝が盛大にでているところでは気を抜くな、ちゃんと前を見ろ…。

「もうすぐ秋祭りやよってな、そのときにもまた来はったらよろしいねん」

わたしは丁寧に礼を述べた。

それにしても、彼女の言うそこの石段とはどこだ。

さらに進んでいく。

これか…、これなのか。

生い茂る雑草をかき分けて、左右から覆い被さる木の枝を押しのけると、なるほど狭い石段が見えた。

しかし、いままでこんなにも急な石段にお目にかかったことはない。

これはもう、ほとんど垂直にかかる梯子と言いたくなるようなあんばいだった。

絶対に無理だ。

なんとか言い訳をして、退散することにしよう。

すぐに、とっておきの理由を思いついた。

 

どうせ、よくない理由だよね。

さあ、どうだか…。

「ああ、そうだ。忘れてました。むこうの橋のところにね…」わたしは指さして言った。「クルマを停めっぱなしにしてたんでした。御迷惑になってもあれなんで、今日のところは帰って出直してきますよ」

「そんなんかめへん。もしも誰かなんか言ってきたらな、 そのヒトやったらいま、不本見さんに参ってはるよってにな、ちょっと待っときなはれって、ちゃんと説明しときますわ。せやから遠慮しやんと、はよ行ってきなはれ」

外堀は埋められた。

元弘元年 (1331年) 9月、後醍醐天皇を奉じた楠公が、鎌倉幕府軍に対して最初に兵をあげた赤阪城 (下赤阪城) は一重の塀をめぐらせただけの、堀さえもない急ごしらえの城だったという。

二段、三段と石段をのぼってみた。そもそも石段に盛大に覆いかぶさってきている木の枝のせいで、立って歩くことも難しい。子供なら可能か。

もう何年も利用されていないのではないか。

それにこれ登って行ったら、もう、ぜんぜん趣旨が変わってしまうところだ。

神社参拝ではなく、ボルダー (ボルダリング) あたりになってしまう…。

わたしは暫くそこにいたが、もうどこにも彼女の姿がないことを確認すると、そそくさとクルマのほうへと戻っていった。

② 橋本橋をわたって右折するルート

しかしどうしても、参拝をはたしたい。
わたしは安全なルートを調べてみた。

一度くらいのダメ出しで、諦めてどうする。

志操堅固、赤阪城から退却した楠公はこんどは千早城にこもり、元弘3年 (1333年) 打ち寄せる鎌倉幕府の大軍と対峙する。そして100日にもわたり幕府軍をみごと釘付けにし、この間に鎌倉幕府は滅亡。ついに建武の新政への道はひらかれた。

橋本橋を渡ってわたしは左 (赤いクルマの見えるほう) へと進んで、行き止まりとなってしまった。

反対に右のほうへ進むと、もうすこしクルマで不本見神社のそばまで行くことができる。

しかし道は非常に狭く、軽自動車がやっとだろう。

行けるところまで行って、クルマを乗り捨てる場所を探すにも、苦労するだろう。

おすすめできるルートではない。

盲導犬訓練センター前を通るルート

府道705号線を富田林市街方面から (わたしが来たのと同じほうから) 進んでくると、富田林警察署 東阪駐在所を過ぎたあたりで左に折れる脇道に入ると、ライトハウス 盲導犬訓練センターのまえにでる。そして、その前の一本道を桝形城跡のわきを抜けるように進んでいくと、不本見神社にいたる。ただし、こちらも道は狭い。しかも一方通行ではないために、万がいち対向車とでも出くわすようなことがあれば、かなり難儀するに違いない。

それになによりも、不本見神社には駐車場がないことから、クルマでの参拝は避けたほうがいいだろう。

ではどうすればよいのか。

④ 道の駅「ちはやあかさか」から徒歩で向かうルート

道の駅「ちはやあかさか」を拠点に、そこから徒歩で向かうというのが、現実的なルートになろうかと思われる。道の駅には「村立 郷土資料館」や「楠公誕生地遺跡」が隣接している。

資料館にはヤーホ相撲に関するパネルも掲示されており、また同村内に伝わる昔話を収録した冊子なども販売されている。


そこから不本見神社までは約2キロ、40分ほどの道のりになる。
最終的には③の盲導犬訓練センターの前の道に出るのが、わかりやすい。

 

40分とか、ほんとに歩けるの?

歩けるさ。

 

うそでしょ。

このルートなら、比較的起伏がおだやかなうちに進むことができるよ。

⑤ 金剛バスを使用するルート

金剛バス・千早線「東阪」バス停下車。

そこからは徒歩で。

やはり盲導犬訓練センターの前の道で向かう。

ヤーホ、ヤーホ、

あの日、クルマへ戻るとき棚田が見えた。

そして視線をあげて不本見山を見た。

風が吹いてきた。

ヤーホ様の声は聞こえず、もちろん姿が見えるはずもなかった。

わたしはただ、棚田のうえを飛び回るトンボを眺めていた。

静寂の中で聞く声とは、いったい誰の声なのだろう。

 

※追記※

本日、金剛バスが路線バス事業から年内いっぱいで撤退するというニュースが飛び込んできた。今後は、バスで不本見神社ちかくまで行くことがかなわなくなる。

残念な知らせだ。  (2023年 9月 11日)

https://www3.nhk.or.jp/kansai-news/20230911/2000077770.html