だれが大和三山を眺めながら鬼滅の刃を耽読するのか、葛城坐火雷神社をあとにして

赤面確実とは、こういうことを言うのだろう。

二上山葛城山山麓を南北にはしる県道30号線 (御所・香芝線、通称山麓線)の周辺には、葛城坐一言主神社、高鴨神社、高天彦神社などの名だたる古社をはじめ、多くの古墳が点在している。また、そこからは奈良盆地を一望でき、大和三山がまるで手を伸ばせば届くのではと思わせるほど近くに見ることができる。

わたしはこの道を「祈りの道」とひそかに命名し、ひとり悦に入っていた。当地に居を移した30年近くまえのことだ。

普段の生活に、この道を利用することはなかった。

しかし、気分転換をしたいときにはふらりと家を出て、よくここをクルマでのんびりとながすのだった。

つねに同乗者のいないことはさいわいだった。

わたしはきっと小鼻を膨らませ、得意げな顔でいたことだろう。

曇天の葛城坐火雷神社にて

祈りの道 (もうやめておこう。山麓線、だ) からクルマでほんの数分、西へ入ったところに、葛城坐火雷神社 (かつらぎにいますほのいかづちじんじゃ) はある。地元では、笛吹神社と通称されることのほうが多い。

笛吹連 (ふえふきのむらじ) の祖先神・天香山命 (あめのかぐやまのみこと) と火の神・火雷大神 (ほのいかづちのおおかみ) はもとは別々にまつられていたはずだが、現在は合祀され、主祭神二座となっている。「延喜式神名帳」にはすでに葛城坐火雷神社二座とあることから、平安時代にはすでに合祀されていたことになろうか。

以前ここを訪れたときには、名神大社にふさわしく、静謐、清明な気に満ちていたものだった。

しかし最近ではようすが変わったという。

コスチューム・プレイヤーたち

アニメ「鬼滅の刃」が人気だという。

単行本の売り上げは記録的だそうだ。海外にもファンが多いときく。

そのなかの「我妻善逸・あがつまぜんいつ」という登場人物が作中で繰り出すワザに「火雷神」というのがあるのだと、新聞の奈良県版が伝えていた。それがここの御祭神と一字違いなことから、聖地巡礼よろしく、鬼滅の刃風の衣装 (それがいったいどんな衣装だというのか、後日写真を見るまで、わたしには想像さえできなかった) を身に着けた若者たちが境内を闊歩し、さかんに記念撮影に興じているのだと。

葛城市の公式ホームページでかれらの姿を見て、わたしは唖然とした。

かつらをかぶり、薄っぺらな衣装を着ておどけたポーズをとる男の子。

拝殿に上がり、柏手を打つ若い女性たち…。

かれらの身に着けているものといえば、慎重に言葉を吟味していうならば、色鮮やかだった。

奇妙奇天烈な世界…。

しかしかれらは、なんと真剣だろう。なんて楽しそうな表情をしているのだろう。

これほど世上にぎわせている「鬼滅の刃」について、わたしはなにひとつ知らなかった。そればかりか、なんの関心さえ持てないでいた。

すっかり好奇心さえなくしたことが歯がゆく、わたしは自分に腹を立てていた。

10年ぶりに訪ねたお社に「かれら」の姿はなかった。

無理もなかった。平日の午後、いまにも雨が降りだしそうな空模様だ。

境内におかれた、ロシア製の大砲が見えた。

日露戦争当時のものだという。戦利品ということになろうか。

「我妻善逸」が繰り出す「火雷神」は、この大砲よりも凄まじいのだろうか。

バッグパッカー

きょう、山麓線から眺める大和三山はどんなようすだろうか。

曇り空のせいで、はっきりとは見えないかもしれない。

そのときには、道路わきにクルマをとめようか。

そして後部座席にいつも積みっぱなしにしているリュックサックから、きのうレンタルショップで借りてきた「鬼滅の刃・1巻・2巻」を取り出して、読んでみればいい。

とんだバッグパッカーなんだ。