琴引山で大国主の御琴を聞いた、騒擾(そうじょう)を止めるもの、平和の琴の音

琴の音を最後に生で聞いたのは、もう半世紀近く前のことになろうか。

親戚の家で、いとこの女の子たちが、ハレの日にはよく座敷で琴を弾いていたものだ。そう、女の子…。趣味のいい調度品、高価な掛け軸、手入れの行き届いた中庭。琴というと、いまでは和服に身を包んだ上品な女性が優雅にかなでるものといったイメージだ。かしこまって、静かに耳を傾ける…。

では、むかしのひとはどうだったろう。

孔子柿本人麻呂もたしなんだという琴について、平安人はどう思っていたのだろう。実際に琴の音を耳にした貴族階級のひとたちは、なんと感じたのだろう。

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琴引山の大国主

広島を出発して国道54号線を北にむかっていた。最後まで進めば、右側目前に宍道湖を見ることになる。

島根県との県境を越えるころには、どこまでも続く深い山々の眺めにもすっかり慣れてきていた。長々と続くかわり映えのしない風景のなか、すでに飯南町に至っているはずなのに、はたしてここのどこが琴引山なのか見当がつかずに、わたしは途方に暮れかけていた。

出雲国風土記は、琴引山の峰にある窟(いわや)に、所造天下大神(あめのしたつくらししおおかみ・大国主命)の御琴がおさめられているという。たんなる伝承にしては記述が具体的だ。長さ七尺、広さ三尺、厚さ一尺五寸ありとある。それは、根の国から大国主命スセリビメを連れ出すときにいっしょに持ち出したという、あの琴なのだろうか。琴が木に触れて大きな音をたて、目を覚ましたスサノオ黄泉比良坂(伊賦夜坂)まで追いかけられたというあの琴…。イザナギが駆けたあの坂道を、こんどは大国主がはしる。

黄泉比良坂(伊賦夜坂)については、まえに「人生の円環、勝者なき……」で触れた。

 

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わたしは琴引山(標高1,014メートル)山頂近くにある琴弾山神社に参拝するつもりだった。

頓原(とんばら)ラムネ銀泉

わたしは脇道にはいり、クルマで坂道をのぼっていった。

まだ青々とした稲が尖った葉先を空に向けている。

すると見覚えのあるちいさな建物が見えた。

「頓原天然炭酸温泉・ラムネ銀泉」は、その名の通り、豊富に炭酸を含んだ天然温泉だ。

以前、はじめてここに来た時には、山の中にぽつんと、まだ建って間もないようなきれいな温泉施設をたまたま見つけて、ずいぶんと感激したものだ。

素通りは、ありえなかった。

なかに入ると、販売コーナーに並べられた、色鮮やかな、いかにも瑞々しげな野菜が出迎えてくれた。そしてここでしか飲めないであろうラムネ「頓原の銀泉」

わたしは服を脱ぎ、とびらをあけた。

驚いたのなんの、思わずあとずさりそうになった。

湯船の湯が濃緑色をしていた。ほとんど黒に近い。

記憶違いなのか、透明ではなかったか。

わたしのあまりにいぶかしがった表情を見て取ったのか、肩まで浸かってほんのり顔を上気させたオトコが話しかけてきた。

「ここの湯はさあ、日によって色が違うんだよ。緑、黄緑、オレンジ、黄色。いろいろとね。天然温泉ならではさ。大自然の神秘ってやつだね。わたしみたいにひと月も通えば、全部の色を体験できるさ。」

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騒擾(そうじょう)の琴の音

思うさま湯を堪能したあとで建物を出た。ずいぶんと影が長くなっている。そんなになが湯したのか。きもちのいい温泉だった。

さて、急いで仕切りなおしだ。琴弾山神社に向かおう。

わたしは湯冷ましのつもりで、ほんの数分、歩いて坂をくだっていき、立ち止まった。

音はなく、風がそよぐこともなかった。

鳥は鳴かず、虫の羽音さえ聞こえない。

眼下に国道が小さく見えていた。

無音だった。ほかに人影はなかった。

何もないところに、わたしは至っていた。

もうすぐだ、とわたしは思った。

右のてのひらをじっとみて、ゆっくりと、空に向かって腕を上げた。

もう、準備はできている。もうすぐだ。

わたしは耳を澄ませて、琴の音がするのを待った。

眠り込んでいたスサノオを起こすほどの騒がしい音をたてる琴の音。もしその音がしたならば、いま起きている、ありとあらゆることをたちまちのうちに止められるのではないか。いま世界中を覆っているこのウイルス騒ぎも、欧州で起きている面子ばかりの遠慮がちな戦争も、飢餓も、クーデターも、不正な会計操作も、この星の温暖化までも…。

もうすぐだ。

たとえ耳の鼓膜が破れようとも、わたしはしっかり聞きたいと願った。

琴引山でつま弾かれる、大国主の騒擾の琴の音を。

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※追記、

箏(そう)と琴(きん)のちがいについて。

箏と琴は違うものです。柱(じ)のないものが琴。あるものが箏になります。大国主の御琴は琴。時代背景からして、おそらくは七弦琴。わたしが親戚の家で目にし、また今現在世間でひろく「お琴」と認識されているものは、実は箏になります。大国主の御琴のほうは、座って腿の上において演奏する、ラップスティールギターのようなものを思い起こしていただけたらよいかと思います。しかし、ここではわかりやすさを第一に考え、すべて琴で統一しました。何卒、ご理解を賜りたいと思います。