万葉人形劇シアター建設着工のお知らせ、58歳ドールハウス製作にいそしむ

すこし前から右目がかすむ。ある日、ライターの火にタバコの先端をうまくあわせられなくて、あれ、と思った。片目ずつ閉じてみると、右目がうまく見えていない。白い幕がかかったように濁って見えている。そのうちに元に戻るかもしれないという勝手な期待から、しばらくの間、目に負担をかけているであろうパソコンとスマホを遠ざけて過ごしていたが、いっこうによくならない。次の休みには眼医者に行こうと思う。

そんなこんなで、ブログの更新からはしばらく遠ざかっていたが、おかげで自分のブログについて、色々と考える時間を得ることができた。

旅ながらの日々について

はじめに、わたしは全国の神社を紹介するサイトのようなものを作りたいと考えていたのだが、自分の技量不足からたちまちに断念してしまった。

そこで、各地の神社をたずねた思い出を旅行記風にまとめてみることを思い立ち、このブログをはじめたわけだ。

そうして二、三記事投稿したある日、パソコンを見ていて、「たびながら」という旅行ブログがフェイスブック上で運営されているのを見つけた。怒髪天を衝く、とはまさにあのときのことだ。震えながら見てみる。美しいたくさんの旅先での写真、饒舌にはしりすぎない簡潔な文章。そのどれもが、旅への憧憬にあふれていた。茫然としてさらによく見てみると、ずいぶんと前からはじめられ、継続して続いており、多くのファンにささえられているのが分かった。あのときのわたしの怒りは「たびながら」さんの怒りであったわけだ! 穴があったら入りたい、とはまさにあのときのこと…。もっとも、先方がこちらに気づいている可能性なぞ、ほぼ皆無なわけだが。

以来、いちども「たびながら」をこわくて (申し訳なくて、だ) 見ていない。しかし、ますますもってご盛運であろうと思う。

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ブログコミュニケーションについて

以前、島根県松江市で暮らしていた。その六年間、わたしは県内のみならず、多くの神社を訪ね歩いた。読む本も神道関係のものが中心になった。このブログのタイトルも大正時代の著作「神ながらの道」にインスパイアされたものだ。

不思議だった。

そこに至るまでの人生では、初詣にさえろくに行くことがなかったというのに、まるでなにかに憑かれたように、なにかに急き立てられるように、暇を見つけてはいつも神社に足が向いていた。そこではとくになにをするでもなく、ただ柏手を打って参拝したあとは、のんびりと境内を散策するばかりだった。あまりにいつもそうしてばかりいたせいで、会社にいる時間よりも、神社で過ごす時間のほうが長かったくらいだ (さすがにそれはウソ)。

当時のわたしには、そんなことをする理由が自分でも皆目わからなかった。しかし関西に戻り十年経ったいま、妙に腑に落ちている。あれはこのブログを始めるためにしていたことではあるまいかと。無論、そのころはそんなことはまったく意識していなかった  (そもそもブログという言葉さえ知らなかった)。しかし、見えない何かによってわたしは導かれていたのではあるまいか、そんな気がしている。

こうしてブロガー生活を始めたわたしには (自分のことを恥ずかしげもなくブロガーと名乗ってよいものだろうか。しかし後悔先に立たず。すでにナミノハナの回で過去に一度、やらかしている)、常に接し、心の支えとも思う、お気に入りのブログがいくつもある。

 

tabinagara.jp

そのなかには、すでに多くの読者を獲得し、羨望の眼差しを集めていわゆる成功を手中にできたものもあれば、そこに至るにあとほんの一歩というものもある。そして、そこへ駆け上がるのに今からだというものもあって、さまざまだ。

しかし、僭越に僭越をかさねて申し上げるのだが、すべてのブロガー諸氏にどうか続けてくださいと、頭を低くしてお伝えしたい。

あなたが熱中し、夢中でキーボードを打って伝えようとしていること、それがたとえば歴史であれ、料理であれ、日記であれ、そして写真であれ、育児であれ、なんであったとしても、そこには、それを始めねばならなかった理由が必ずある。いまは気づかないかたもおられるかもしれない。しかし、それは来週かもしれず、来年かもしれず、あるいはわたしのように十年後かもしれないが、必ずあなたの前に立ち現れるはずだ。

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それにこのウエブ空間 (こんな表現であっているのだろうか) というやつ、エキサイティングだ。いきなり見知らぬ人たちと知遇を得、コメントを交し合う。子供のころには、こんなことは想像さえできなかった。われわれの精神は無限の拡張性を得た。とめどなく拡がる可能性が、地平線のむこうへと不可能を押しやった。いま、このことに疑義を唱えることだけが、唯一、不可能と呼ばれている。

すると、こんな声がとんできそうだ。

えっ、それに気づくの今ですか、と。

そうだ。

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万葉人形劇シアター建設宣言

旅ながらの日々に貼り付けている夫婦こけしの写真は、いつも自宅の庭で撮影していた。あまりにも手近なところで済ませていたわけだが、これがはたで思うほどお気楽ではない。

まず、雨の日は撮影できない。晴れた日の日中でも、こいつさっきからいったいなにをパシャパシャやってるんだ、などと近所の人に見られてやしないかと気になって、どうにも落ち着かない。同じ理由で、夜になどできるはずもない。

ああ、もっとたくさん、気楽に撮影することができればいいのに…。

そんな風に思い続けていたある日、わたしは パン!と膝を打ち、人差し指を立てた。そうだ、夫婦こけしのためにドールハウスを作ろう。そこでこけしたちに、思うさま劇を演じさせる。人形劇シアターだ。すばらしいアイデアだ。人形劇だ。

床面積は書斎机の八分の一程度。名称は格調高く「万葉人形劇シアター」でどうだ。大まかなイメージとしては、パルテノン神殿だ。堂々として、威厳高く、神聖さに満ちあふれている。

全体を赤く塗ろうか。それとも無塗装で木目を生かしたほうがいいだろうか。木造のパルテノンっていったいどうなんだ。天井からは、テレビ局のスタジオのようにたくさんの照明を吊り下げる。本格的だ。本格的な人形劇だ。

でも、本格的な人形劇ってどんなのなんだ。どんな旅を演じさせればいいんだ。海外旅行か。いや、それではまだ役不足だ。では…エベレストか。それとも深海か。海底二万里(ジュール・ヴェルヌ)なのか。そもそもエベレスト山頂への旅とか言うのか。それは旅ではなくて、もはや別ジャンルではないのか。

そんな様々なことを考えながらも、十日程前に、布二枚 (紺と薄茶) と細い棒一本を用意して以来、建設資材 (材料) の購入さえ進んでいない。何ひとつ進んでいないんだ。

こんなことで、ほんとうに完成するのか。

大丈夫なのか、パルテノン。

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