黙して食せ、ナミノハナ

特製塩ラーメン

2021年9月、堺市中区にあたらしいラーメン店がオープンした。

「おいしい塩ラーメン 波の花」店内に入りメニューに目をとおす。これは…、なんと醬油ラーメンや味噌ラーメンもあるではないか。しかし何といっても塩が一押しなのだろう。それは確かだろう。看板に偽りがあってはならない。やはりここは塩一択だろう。店主よ、全国津々浦々、美味珍味を食べつくしてきたこの孤高の旅ブロガー様に料理を供する機会を得た幸せに身震いしながら、こころして調理しなさい。いちばん高いのをもってきやがれ!「特製塩ラーメン、お願いします。あと、セットのギョウザとライスも」「ギョウザは少々お時間いただきますが、よろしいですか」マテとな。全国津々浦々、美味珍味を食べつくしてきたこの孤高の旅ブロガー様に。「はい、いくらでも」

ほどなくラーメンがはこばれてきた。まずスープを一口すする。いつものルーチンだ。そしてもう一口。美味いよ。かすかにいい香りがする。いったいなにが入ってるんだ。押しつけがましくなく、それでいて激しく食欲を刺激するこの香り。本物だよ。この仕事、チカラこもってるよ。それから麺をがつがついく。全身が幸福に包まれて、まるで宇宙に投げ出されたような浮遊感。やられたよ。全国津々浦々、美味珍味を食べつくしてきたこの孤高の…「お待たせいたしました。ギョウザとライスです」ライスをスープにぶっこんでおじやにする。そう、行儀わるいよ。生まれてこのかた、そんなことは一度もしたことがないのに、なぜ急にそんなことをしたのか理由がわからない。あえて言えば、白いライスがそうしてくれとささやいてきたからだ。ああ…ああ…、参りました。もう美味過ぎ。突き抜けてるよ。麵を食べただけで幸福だの浮遊感だのと浮かれていた自分が恥ずかしい。むしろメインはこちらだったとは。麺なんぞは、このおじやのための単なる前菜に過ぎなかった!もう言い切ってもいいだろう。波の花、ここはラーメン店の看板を掲げたおじや屋です。

わたしはクルマに戻り、エンジンをかけた。あれ、この感じ初めてではないぞ。ラーメンを食べて、まるで全身の細胞が喜んでいるような、突き抜けた幸福感を感じるのは。

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薬膳ラーメン

松江市八束町にある「中華・喫茶シルク」江島大橋のすぐ近くに店を構えているここを初めて訪れたとき、わたしはメニューを見ながらたずねた。

「この薬膳ラーメンってどんなのですか」

「はい、雲州人参(朝鮮人参)を麺に練りこんであるんですよ」

八束町が人参の産地であることは知っていた。あるいはいまここに来る途中にも、人参畑の横を通ってきたのだろうか。

そして、はこばれてきたどんぶりを見て、わたしは仰天した。緑色のスープ!こんなのありなのか。にがい漢方薬とか、いっぱいはいっていそうだ。恐る恐るスープを口にする。かすかに手が震えていた。

美味い。美味いよ。まったく初めての味だ。あとはもう夢中で、あっという間にたいらげた。それ以降も、ずいぶんシルクに通ったものだが、ある日、「薬膳ラーメン提供中止のお知らせ」という張り紙を店内で見つけた。人参農家の減少が理由という。しかしそれ以降も変わることなく、店は賑わっていた。昼食時には、入りきれないお客が店の外にあふれた。この店の仕事も、やはりチカラこもっていたからだろう。

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八束町といえば、とうぜん八束水臣津野命(やつかみずおみつぬのみこと)を連想する。出雲国風土記の冒頭におかれた国引き神話は、あまりにも雄大で美しい。「国来、国来・くにこ、くにこ」と各地から余った土地を引き寄せて、まだ若く、小さかった出雲の国をいまのかたちにつくりあげた。

わたしたちは、なにごとも臣津野命のようにたちまちのうちに成し遂げることは、なかなかにできない。人生、五里霧中と思うことばかりだ。それでも前向きでいたいものだ。「国来、国来・くにこ、くにこ」と陽気に口ずさみながら。